日記・コラム・つぶやき

June 21, 2015

改めまして

改めまして
ほぼウクレレ奏者の
ジョークイケブクロです。
ま、音楽好きの
初老のおっさんで
ありますのです。

最近はiPadのDTMアプリが
すごく充実してきたので
もうとにかく音が出るなら
何でも良いってくらい
鳴り物を愛してます。



写真は
初めて出逢った
テナーウクレレです。



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June 20, 2015

再開

放ったらかしてました(-_-)

再開します。
mixi
Twitter
Facebook
あんなのから
こんなのまで
やってきましたが
ちょっとここらで
シフトチェンジ。

ブログのタイトルは
我ながらいい出来(笑)
なので、やはり
ここはホームグラウンドです。

ではまた
気長によろしくお願いします。

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March 27, 2013

あらたな展開、こんどこそ。

もうあれから、1年経っちゃった。
あはは、、
というわけで、
2004年9月からスタートした
このブログ。

今年はシーズン10ってとこかな。。

振り返れば
あまりにもいろいろ語ることも多いのですが、
端折ります。w


要するに、
原点に戻ります。

ウクレレを
はじめとした楽器のこと、、
そして
音楽にまつわることを
記して参ります。

ここがプラットフォームです。
facebookとシンクロさせておきます。

それ以外のことは
そのうち、別の場を設けます。
ほんとうに関心がある方や
信頼ができる方のみに
閲覧いただけるようなものにします。
詳細はいずれ。。

新たなシーズンまであと数日間。
変わり映えはしませんけど、
一部のマニアな読者の皆様、
今後とも、
ご贔屓にお願いします。

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March 11, 2012

棲む日々

ここに書き留めるのも
すごく久しぶりです。
きっと、今日は、多くの方々が
さまざまな思いを、
さまざまな方法で
深く深く考えて
行動し、表現されることと思います。

ちょうど、一年前、
わたしは午前中に
ある決心をかため、
上司にその報告を
させていただきました。

親会社より、
グループ会社全体に
新規事業立ち上げの
要員公募があり、
その締め切り日でした。

経験値でいえば、
まったくゼロ。
それは、将来の
讃岐うどん店事業
への参入を視野に入れ、
その初号店の開業というのが
当面のミッションだったのです。

その午後、
大地震が発生しました。
高松市にいながら、
それでも、確かに
揺れを感じました。

その瞬間は
それから起こる
さまざまな事を
予測することなど
できるはずもなく、

ただ、その日以来、
おりしも、始めたばかりの
facebookへの
アクセスが増えていきました。

言葉を失うほどの
ショックを取り戻そうと
するがごとく、です。

でも、同時に
言葉のやり取りの
むずかしさも感じました。
そして、
当たり前のことですが、
さまざまな価値観のるつぼの如き
このSNSでのやり取りのそのものに
幻滅させられたり、
くやしい思いをしたり、

(つい最近も、
人のコメントを勝手に、
あやまった解釈をして、
わたしが大事に思う方を
批判し、そのかたがとても
苦しまれた、、、そんなひどい
事件もありました)

でも、こんな言葉を
思い出しました。

「言葉は発した瞬間から
一人歩きする。
それを放った人間は
感知できない、予測できない
ことがあったとしても、
発した人は、冷静に
臨まなくてはならない。
とくに、作家たるものは
自分の作品を、自分で批評したり
あのときはこうだったなどという
みっともないことをすべきではない」

高校時代の国語の恩師。
昨年、他界されてしまいましたが
それはそれは人間味豊かな、
パワフルで繊細な先生でした。
わたしの記憶では、そういう感じの
ことをおっしゃったはず。
ずっと忘れられないのです。

だから、自分の発した言葉が
人を悲しませるきっかけと
なったりしたことが
自分自身にはわからなくても、
まちがいなくそういう事実が
あるのだということを、
ほんとうに心から
悔いています。

しばらくはネットで
何かを発信すること
そのものがおそろしくて、
不安な状態に苛まれていました。

でも、そろそろやっと
吹っ切れそうです。

正直、
いろいろなことがあったのと、
その公募で選考されてから、
ずっと、初号店の開業をめざし、
けっして鮮やかとはいえない
取り回しをすることで
手一杯ということもあったのですが、、

やがて、たくさんの方のおかげで、
とうとう、この5月4日にオープンの
めどが立ったところです。

この1ヶ月近くは
それこそ、
さらにペースが加速した感じです。

おりしも、
あれから
1年、、、

昨日、他部署の関わるお客様の事業の
イベントで、ちょっとした
デモンストレーションがあり、
(とんでもなく未熟ですが)
うどんづくりの実演と、
実際店舗で使う、
だしを作らせていただき
ました。

うどん生地をのばす作業を
小学生の女の子たちが
すっごく興味をもって、あつまってくれて
いつのまにか、体験うどん教室みたいになって。。。

好奇心のかたまり、
子供たちの目や笑顔をみていると
すごく、こちらまで元気になれる
すなおにそれを嬉しく思いました。

そして
これが、食にかかわることの
奥深さであることも思い知りました。
食べ物をとおして、
瞬間でも、笑顔になっていただけるなら、
それが、どんなものであっても、
そこに関わることができることは
理屈ではかたづかないものがあることを
おしえてもらえました。

おりしも、
あれから1年。。。

なにかというと、
被災者のかたの苦しみをおもえば、
みたいな、、、まるで、
ひとの不幸を自分の励みのための
ものさしにしてしまうような、
そんな不謹慎なことを
この1年、無意識にやっていたかもしれない
自分のおろかさを思い知りました。

そうじゃない、
そんなことではない、、

被災されようが
そうでなかろうが、
この世に寿命をいただいた以上、
「棲み続けていくこと、生き続けていくこと」
そういう理屈抜きの一瞬一瞬に
自分も生かされている以上、

明日なにが起きるかなど、
予測すらできなくても、
このシンプルな一瞬一瞬に
食をとおして、関わらせていただく
そんな
きっかけをもらった一年前に
立ち返らせてもらいました。

けっして、
鮮やかで手際のよい
生き様ではありませんが、
でも、一瞬一瞬を
大切な仲間たちとともに
重ねてまいりたいと思います。

おりしも、
あれから1年。

「棲み続く」
日々を重ねてまいります。

多くの方々の御霊、
おおく方々のつらさに
次の世をになう方々に、
私なりの思いをもって
寄り添わせていただきます。

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October 20, 2011

消えない記憶が力をくれる。

昨日より、
ひさしぶりに上京。
目的は
NOODLE WORLD 2011の視察。
業務に関わることで、いまは
ここには書けない。

日が落ちて、
食のぐるりという会社を営まれている
高原さんという知人に、これまた
ほぼ2年ぶりくらいにリアル再会。

四谷3丁目にある、こくている という
居酒屋風のバーにて、互いの近況を交換。
このお店は食べログとかにも載ってて、
ものすごい居心地のよい酒場。
全然きどっていなくて、
食べ物も、飲み物も
物静かな美味しさというか、品がある。

ここのナポリタンがすごいお勧めらしいんですよ、
とのことで、その味に納得。
で、すごく印象に残ったのが
角のハイボール。

もうこれだけブームになっているから、
今さらなんだけど、と思いつつ、
一口いただいて、これは・・・・。

もうまさに驚き、
むずかしいことは書けないが、
なんだろう、炭酸がみごとに
役割を演じている。そして
口にしてみて感じる独特のふっくらとした
味わい。。。なるほど、ここは、
やっぱりバーであって居酒屋ではない。
これまで飲んだどんなハイボールよりも美味い。
また記憶に残る店にあえた感じ。

で、その足で、
今度は用賀にある、私にとって
ほんとうに大切なお店、OBJを訪ねる。
何度か、このブログで書いてきたとおり、
ここに来られるお客様は、ほんとうに
すばらしい方々ばかり。

オーナーのお二人も、いつまでも
素敵な笑顔と雰囲気で、なんの気取りもなく、
ほんとうに落ち着く。もう、16年越しの
お知り合いもいてくださってて、
あの頃の日常の記憶がどんどん蘇る。

その店であえた、
ニックネームがゆうちゃんという
若き青年実業家のこと尋ねてみると
この2月に他界されていた。
ほんとうにまだまだ若すぎる。

彼の記憶が、店内でどんどん蘇る。
そういえば、あのあたりに座っていて、
中島みゆきの歌が大好きで、
自分で歌うと、ホンキートンクな感じに
なっちゃうのだけど、でもとても
楽しそうに、歌っていて、それを見ている
まわりも、ほのぼのしていたとか、
それはそれは
腰がぬけるくらい、ビジネスで大成功を
収めていたにもかかわらず、このOBJに
くるときは、そんなことを微塵も感じさせなかったこと。

でも病気には勝てなかったこと。
あの震災のことも知らずに
逝ってしまった、ゆうちゃん。

でも、その話をしているときの
店のみんなも、けっして沈みいることではなく、
いまでも、あの頃と同じように、ゆうちゃんを
偲んでいる雰囲気が、またほんとうに清々しい。

うまく伝えにくいが、用賀の駅に接した、
こんなに小さいバーに、たくさんのドラマが
残っている。そしていまでも、世間では
すごい活躍なさっているかたが、そんなことを
微塵も感じさせない素顔で訪れて、また記憶を
刻んでいく。大人ブリリアントジャムという
コンセプトのこの店。

どうか、ほんのすこしの偶然と必然がおりなす縁で、
この店にたどり着く方々が、
ひとりでも増えてくださるようにと、
心から思う。

この店の記憶が、明日への活力になる
帰り道の半蔵門線で、今日も再会できた
清々しい笑顔と、突然に逝ってしまった
ゆうちゃんを思い返していた。
どうか、互いに、ゆるゆると、無理なく健やかに。

そして、また、逢いましょう。。

ほんとうにありがとう。

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September 05, 2011

日本語の氣力

よく言霊(ことだま)とかいわれます。
字面そのものを見て、なになに?
宗教色の強い意見?みたいに
先走っちゃう人がいらっしゃることもあります。

ま、そのあたりのことは、
これからもじっくりふれるにして、いまは
適当に読みながしてください。

概して、日本語は、なんていうか、
その言葉にこめられた「思い」が
相手に強く伝わってしまう
ことが多々あります。

そのコントロールをミスっても、
あるいは相手の言葉の真意を
間違って思い込んじゃうことをがあっても
どちらにしても、
けっこうな痛手を与えあうことが
必ずあるとおもいます。

感受性や価値観の相違で、
お互いが放った言葉(ことだま)に
そんなつもりはなかったと思っていても
受け止める側には、あいたたた、、
みたいな、ことがあって当然ですね。

日本語のもつ
言葉の氣力は力強いという
ことだと思うようにはしていますが、
(たまには傷つくこともあります、、おっさんでも・・・)

先日、
あるテレビ番組で、
過去にずっと原子力発電を推進していた
大学教授で、今は一転、原発反対を訴えている
人と、ある小学校の教諭が論戦をしていました。

東北の野菜は食べてはだめなのですか?
という小学生の質問にこたえて、
その教授が、東北の野菜は食べてはダメです。ときっぱり、、、
しかし小学校教諭は、、
そのような言い方は、東北の農産物でも、
汚染されていないかもしれない
ものにも風評や誤解を与えるような言い方でよくないのでは、、と
かみつきました。

教授いわく、東北で原発事故の影響をうけていないものは
残念だが、たぶんありえない、子供にわざわざそんな危険が
ありそうなものを与えることは、いまはあってはならない、だから
東北の野菜は食べてはいけないと子供に言うのが、
何がわるいんだ。。と反論、、、

小学校教諭は、それは実際に東北で農業に
携わっていらっしゃる現場の人の
苦しみに何の配慮もない言い方ではないか、
もっとちゃんとした言い方はできないのか
とまた反論、、、

教授は、こどもには食べてほしくないけど、
私のような年をとったものなら、むしろ東北のために
どんどん食べるべきだと思う、
とにかく子供には、危険なものをたべさせたくないんだ、、

教諭は、、だったら最初からそういう趣旨のことをいうべきだ、、、

とまぁ、、、こんな感じで、、、
番組を見てる側は、そういう緊迫した言い合いにもいろいろな
感じ方をさせられることになったわけです。。

じゃぁこれは論戦ではなく、
大枠では、同じ考えを言い合っていたというわけで、、
こちらとしては、見ちゃったから仕方ないんですけど、

やっぱり、今は論戦を求めているわけではなくって、
それぞれのいろいろなものの見方を、きちんと理解しあいながら、
問題解決に向かうプロセスを繰り返すことが、今はそういうときじゃ
ないだろうかと、あらためて思ったわけです。

言葉の氣力が強すぎて、それを相手の話を
一生懸命、傾聴するという姿勢にかけてしまうと
どーでもいいような論争、、、いや、そこまで高尚じゃなくて、
単なる言い合いが繰り広げられてるみたいな、そんな場面が
あまりにもおおすぎるようです。

なかには一生懸命取り組んでいるかたがたも
いらっしゃるとは思いますが、
でもあの日からずっと、これまでの
国会での与野党のやりとりをみていても、

本来もっている、日本語の氣力を、
うまくコントロールせずに
わざと、つまらん言い合いに終始させているように
見えてしまうのは、考えすぎでしょうか?

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September 01, 2011

9月の始まりに。

ひっさびさです。
今日は・・・えっと、そうか
防災の日ですね。
各地で、いろんな訓練がおこなわれて
いることでしょう。いまさらですけど
そういう防災訓練というのは
可能なかぎり、参加しておきたいですね。

さて、
自分のブログを、数ヶ月
放置してしまっておりましたなぁ、、、(笑)

2011年も3分の2がすぎました。
何がどうだったかということを
簡単には要約できそうにないほど、
いろいろあります。

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Continue reading "9月の始まりに。"

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May 07, 2011

Must, Can, and Want

やっと、
この季節らしく
なってきた感がある。

今年も例年通り、
あっという間に、五月、、、

しかし一方で、なんだか
けわしい数ヶ月間でもある。

あの震災が起きたときの
衝撃が薄らいできつつある。
いい意味でも悪い意味でも。

何をすべきか、
何ができるか、
何をしたいのか、、

いつもこういうことを
考えることができるのが、
人間らしいところだと、
何年も何年も、企業研修を
担当させていただいたときに
申し上げていたが、
それがそのまま、
自分にも投げかけられた。

実は、もうすぐ、
職務上でも変化が起きる。
新しいプロジェクトを立ち上げる
ことになるのだが、
こんな言い方を
すると、いささか
仰々しい、、、(笑)

今以上に、
日常になじんだ業態に
とりかかるのだが、
これは
新規事業である。

また繰り返す、、

何をすべきか、
何ができるか、
何をしたいのか、、

たぶん、
当分、
ひたすら、繰り返す、、、
そんな風になるだろう。
不安がないとは
言えない、、
むしろ、今まで以上に
心配なことも増えたが、
心が折れることではない。

こんな歳にもなって、
またあらたなことに
臨む機会をいただけることを
感謝している。

おかしなところに
変な力が入って、
心が肉離れしたりしないように
気をつけなければとは思うけど、
ま、なんとかなるでしょう
と思うことにしている。
(不謹慎ですみません)

ただ、2007年から
担当していた職務は
区切りがつくことになる。
毎回、おのれの
至らなさ、
不十分さ
ふがいなさを
省みる、

もちろん
時間は巻き戻し
できない。

だからこそ、
いろいろな方に
心底お詫びしたい。
そして
心底お礼を申し上げたい。

そうそう、
今年は、もうひとつ
facebookが、ものすごい勢いで
注目されている。

今週に入っただけでも
すでに
3誌(きっとそれ以上)
が特集を組んでいる。

たぶんこの調子だと
2011年の後半、

facebookが
さまざなプロモーション戦略(戦術)が
マーケティングや
マーチャンダイジングにも
活用の機会を広げていくに違いない。


ところで、
このブログや
mixi
(最近ほとんどアクセスしなくなった)
の中では
アーティスト名で発行している。

しかし、facebookでは、
しっかり
本名(実名)をさらしている。
もちろん抵抗などない。
現実社会のコミュニケーションのまま
なので、かえって気楽になった。

facebookとココログ、そしてmixi
すべてが連動可能となった。
おそるべしネットワーク社会。

ただし、これからも
自問自答を繰り返すのは
かわらない、


何をすべきか?
何ができるのか?
何をしたいのか?


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April 12, 2011

「計画」には騙されないぞ!


今回、政府や電力会社が、なんだか
繰り返し使っている「計画」ということば。

いまや、計画で、
ググると最初にでてくるのは
「東電ホームページ」・・・
もう、なんだか腹が立つやら、あきれるやら。。

茶化した言い方に
なってしまう無礼をどうか
お許しください。

その上で
あえて申し上げると、

彼らが使うこの二文字には
(無)とか(未)という接頭字が
省略されていることを
きっと皆さんわかっていらっしゃると思います。

もう、「計画なんちゃら~」
などとというやつに限って
実は、な~んもノープラン
、、なんでしょうね。

というか、
ほんとうに
危機管理のむずかしさを
思い知らされたというのが
正直なところです。

たしかに誰が政権を担っていても、
きっと菅さんのことを笑えない対応しか
できないくらい、人智をはるかに
超えた地震であり、そして
次々に悪条件がかさなって
しまった結果生じた事故であります。

でもやはり、
今となっては、
「計画的な危機への対応、準備」
を日頃積み重ねて、何度も何度も
訓練をすることが大切だったとしか
いいようがありません。

ご存知のとおり、
訓練は、
完全なる本番と同じ状況を
想定して、理屈ではなく
体が無意識に反応するまで、
憶えこませることです。

ますます、今後の訓練については
あらゆる想定が必要になってくることです。
そしてそれも入念な計画を構築して。

でも、
ことばの上っ面だけで、

計画的にぃ~
と軽々しく言ってるような輩は
むやみに信じてはアカンと思います。


ま、
私の場合も、

あまり人のことは
言えないかもしれません。。。。


子供の頃から、
似たようなこと
やってました。

夏休みの計画を入念に立てれば
立てるほど、、そのとおりいかない、、
ことばっかりだったから。。。(苦笑)

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March 30, 2011

桜と大和魂 再び

Podcastに配信している番組は→の写真を
クリックしてもお聴きになれます。
(最新2011年3月/30日版配信中)

奇しくも、2006年3月28日に同じタイトルでブログ記事を書いたことがある。
そのときはちょうど、WBCで王ジャパンが初の世界一になったのと、
荒川静香さんがオリンピックで金メダルをとったニュースで
日本中がゆうきづけられた頃だった。

桜という花は、ほんとうに、私たち日本人の心に
何かしらをうったえかけてくる。
春のほんの短い時間、
ときには心の琴線を大きくかき鳴らす。

ながい時空において、その年の桜の旬の時期は
それこそ、ほんの一瞬、でも間違いなくその一瞬は
確実に毎年毎年やってくる。

ご丁寧に、南から北へ、
その貴重な一瞬を桜前線とともに
全国にデリバリーしてくれる。

春の出会いをよろこび、
さきほこる美しい勢いと
はかなくも、潔く、そして美しい去り際を
のこしながら、新緑の季節を
連れてくる。。。

そしてそれは間違いなく、日本人が
桜を心待ちにしている限り、
うまれ育った場所、住み慣れた場所、
そしてはじめてひとり立ちする場所
どこにいても、桜を大切に思い続ける限り、
毎年、かならず
桜の季節がやってくる。

日本人にとっては
大和魂の句読点のような
ソウルメイトのような存在。
きっと、今年の桜たちはとりわけ、
わたしたちの悲しみを痛いほど、知りながら
咲いてくれるに違いない。
それが桜という存在。

だから私たちも
桜の花の優しさには
すなおに甘えておこう。
そのかわり、
来年の桜の時期には
すこしでも微笑んで
桜を待てるような、そんな大和魂を
わすれないようにしよう、そんな思いがこみあげてくる。

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