笑いの温泉
10月にはいって、(いままで暇だったわけではないけど)いろいろと案件が集中して、けっこう毎日がタイトになっている。そういうときは、やはりなかなかブログに向かう余力が残らない。。わたしの長所でもあるのだが、なんだか悩んでいてもあまりそれを表に出すのはいやで、家族やごく親しい知人にしか、そういう姿を曝すことはない。いや、我慢や耐え忍んでいるという感覚ではない。いちいち苦しいことを、ことさらに人にあらわすのは、結局は自分にとって、負の増幅でしかないからだ。それってきわめて後ろ向きやもんね。だから、いやなことがあっても(卑怯だが)聞こえないふりもするし、脈絡もなくにっこり笑ってだまっていたりする、そのほうがはるかに前向きだ。私が尊敬するある会社の経営者は、頭をからっぽにせよ、、とおっしゃった。たしかに。。それが境地かもしれんね。つまらぬ体裁やレベルの低いプライドへのこだわりとか、ただ単に、自分の主張に固執することなど、ほんとうにエネルギーの浪費にしかすぎない。カーボンオフセットなどといっているが、私たち人間の心の不完全燃焼こそ、地球にとっては、最悪の毒みたいなものだ。
人をうらやまず、そねまず、ねたまず、、いにしえ人はさすがだ。もちろん、私たちのようなごくありふれた人間には、なかなかそういう境地に立つことは、むずかしいことだとわかっている。でも、そうありたいとおもうことは自由だし、それにむかってまじめに努力している人を、小ばかにして笑うべきではないと思う。この連休中に私は、ある方のご厚意により、金比羅さまの金丸座で桂文珍師匠の高座を聴かせていただいた。それはそれは、久々に笑いがこみあげてきたし、おさえられんかった。というか桟敷にすわっているすべてのお客様が、笑いの共鳴をしていた。そういうときって、何か不安なことがあっても、全部わすれることができる。笑いが健康におおきく左右するというのもこういうことなんだろうね。
笑いの渦の中にいれば、自分の細胞ひとつひとつがきっと笑っているんでしょうね。国内の為政者や国交のいろいろな不安などにまみれて、安定していない人の心も、少しだけ、いま少しだけ、ウィットとユーモアがあふれた品の良い笑いの中に身をゆだねてみることで、物事の考え方が大きく変わる可能性を感じた。



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