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January 18, 2011

狭窄の価値観

時に、
腹立たしいことが、
重なると、どこかに
八つ当たりしたくなるし、
思い切り毒を吐いて
しまうこともあります。誰だって。

当然、他人事ではありません。
前回の記事でも、国の
政治に関して、ほんとうに
いらだたしい気持ちを、がぁ~って
書き殴ってます。

アーティスト名だし、
ある意味、匿名ですから、
好き勝手言えるんだし、
そのことはわかった上で

なんだか、
いろんなニュースに
対して、全てを
良いか、悪いかに
分けてしまい、
ひとたび悪い、という
意見が大勢をしめる
と、そこまで
全否定するか?
みたいな、
乱暴に糾弾するような
雰囲気が、あちこちに
狼煙のごとく燻ぶっている
ような気がします。

ヒトには
いろいろな考えも
価値観もあるし、
けっして
悪気がなくても
まったく理解して
もらえないまま、
コミュニケーション下手な
人間はますます疎んじられる。

言い換えれば
声が大きいとか、
ヒトあたりが良くて
したり顔で正論だけ
言って、いかにも
自分が全てを
背負ってますという輩は
じつは現場が
悪戦苦闘している様は
実感がないので
ろくに熟慮もしない
思いつきを次々に
お気楽にのたまう…

視野狭窄の価値観を
押し付けられるのは
言葉や態度の暴力を
うける以上に
心身が傷む。

これって、
なんでもかんでも
3D化してる映像関係の
話題にも通じるかもしれない。

偏屈ではなく、
生理的に、電気信号で
つくられた、激しい動きの
3D映像は受け付けられない
ヒトは私だけではないと思う。
いまは
過渡期だから選択肢も
あるが、どうか
技術が進んでも
今の2D映像を選択できる
ような、思いやりを
関係者のみなさまには
お願いしたい。

3Dだけが横行する世界は
価値観を狭窄化させるから。

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