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July 2015

July 31, 2015

私はネトウヨでも左翼でもありません。

言いたいのは
それがネットであれデモであれ
大声や罵詈雑言
聴くに耐えない中傷合戦をしたり
匿名の傘の下、この国が
どうなっても自分は関係ないが如く
したり顔で、弱者も平気で
侮辱し、生命を奪う事故や災害でさえ
評論家然として気取っていたり
とにかく自分の価値観や信条と
異なる者を徹底的に叩き合うことの
愚かしいとも思わない、それを
このように意を唱えると
どんな攻撃に合うかもわからない。

この雰囲気がほんとうに
苦しくなってきます。
そして様々なメディアですら
そういう過激な偏った事柄に
油を注いだり、場合によっては
ろくに検証もせず拡散したりと
節操も品性もありません。

大きな地震が起きた時
人が助け合うエピソードを
数多く目にしました。
中にはほんとうにそんな事実が
あったのかすら判断しにくい
絵に描いたような美談も
目にしました。それでも
その頃は、打ちひしがれた方々が
あまりにも多くある中で、少しでも
支えになることはできないかと
多くの日本人が思いふるまって
いた気がします。

ところが今は、何か事があるたびに
与党野党関わらず目の色を変えて
攻撃し合うばかり。

地震のみならず
この国だって明日の生活の
不安も払拭できなかったり
制度の不備によって、
高齢者や病人や幼児が
護られていなかったりする一方で、
法の網をうまく掻い潜って
暴利を貪る輩を野放しにしていたり
好き勝手にやりゃいいんだ。
それが権利だ、自由だと
履き違えたままを見て
声を挙げて指摘する人間が
言われない仕打ちにあったり、、、

ネットが普及していく中で
すべてのユーザーがお行儀良く
道徳のお手本のような
コミュニケーションを
できるなどとは思いませんが、
それでも自己の主張だけを正当化し
そのためには手段を選ばない卑劣
極まる匿名の輩たちがこのように
はびこっている事そのものが
この国の民度をいつまで経っても
進歩させないのだと思います。

傍若無人な輩のコミュニケーション
リテラシーの欠片もないやり方は
その思想がどっち寄りかに
関わらず、かならず次の世代
に悪い影響と負の遺産しか残さない。

それこそが
奢れる者は久しからずや。

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「選挙をしたって無駄!」なんて思うことが、民主主義リテラシーをダメにする。

Facebook上で私見をさらすときは、それなりに熟考し、一定の配慮をもって臨むことにしています。そりゃ、もう半世紀以上も生きているわけで、江戸時代なら、あの世に行っててもおかしくない齢でありますから、そのくらいの分別とわきまえはあって当然のことです。
といいつも、通常は、己のタイムラインに、好き勝手な近況をアップしています。その多くは、インターネットを通じたかどうかにかかわらず、自分が見聞きした情報をトリガーとして、何を感じて思ったかという内容がほとんどであります。
その際に、さまざまなメディアに流れるトピックやニュース情報をただただ鵜呑みにしないように注意をしています。いつも「ほんまなん?」という目線をもっておくことは分別のある大人としての最低限のリテラシーだとさえ思います。このリテラシーという言い方がまた、便利なようでわかりにくいわけなんですけれども、自分の中では物事に臨むうえでの、自分の能力を発揮するために土台となる、自分自身の取り組み姿勢だったり、信念のようなものが、「リテラシー」なのだ、と考えています。
リテラシーは、物量や頻度のような定量的な尺度では測れないもの、だとも思います。異論もありましょうが、かつて、企業研修にも携わってきたころも思いつつ、やはりリテラシーとは数値化するものでないし、だれかと比べて相対的に評価できるものでもないと考えます。ひとりひとりが物事に取り組むときや、なんらかの意思決定をする際に、その人自身に「これは外してはならない」という立ち居振る舞いや信念が存在しているのであれば、その人には最適なリテラシーが備わっているのだと思います。
ときに、最近私は、「スマタブβTalk(すまたぶべたとーく)」というインターネット番組を好んで、定期的に視聴するようになりました。FB上でも、何度かアップしたことがあるのですが、もともとは、その番組のひとつのコーナーである「音楽アプリ講座」に、とても興味関心がわいて、ずっとYouTubeをチェックしてきたのがきっかけです。そのうちに番組全体の内容にも興味がわき、今ではバックナンバーもほとんど、チェックしつつ、毎週の配信を楽しみにしているほどです。
この番組の詳細は、やはり番組を自分で視聴なさって知ることが肝要と思います。私のフィルターでレビューしてしまうと正確にお伝えできないので、ぜひ、毎週、木か金か、土曜日あたりの夜におこなってるライブ配信か、そのバックナンバーをご覧になってみてください。少なくとも、ICTビジネスにかかわっている方、そして、昭和の真っただ中に育った21世紀少年たち、あるいはガジェットマニア、あるいは楽器マニア、とにかく受け口の広い番組だと思います。
そしてこれを主宰されているパーソナリティお二人とも、ほんとうに尊敬すべきたたずまいで番組を進めていらっしゃると思っています。これまた詳しいことは、この番組をご自分が体感されなければわからないと思いますし、もっといえば、バックナンバーもいろいろとチェックしてみれば、わかると思うのです。
別にこびへつらうつもりはありませんが、大人のもつべき分別というものを、番組を通して体現しようとなさっている気がするのです。けっして、気取って敷居が高いというつくりでもありません。むしろ「緩い」でしょう。
でも、並々ならぬ思いをもって、このコンテンツ配信に臨んでおられるのが伝わってきます。なぜそう思うのか?私自身もコンテンツを配信する、しかもインターネット放送みたいなことに取り組んだ経験があるから、身をもってわかるのです。
私はかつて、ワープロ、パソコン通信とよばれた時代から、端末に電話回線を接続して情報をやりとりする、通信行為そのものがとても好きでした。それこそ、音響カプラは300bpsしか速度が出ないけど、そのインターフェースがすぐれてるので、受話器さえあれば、どこでも接続できるから便利だよね、とか、、(笑) 恥ずかしいことをしたり顔で言ってたものです。やがて、モデムのスピードは1200、2400、4800、9600、14400、28800・・・とあっという間にガマの油売りのように、倍々にアップしていきましたし、ISDN回線はもちろん、ADSLから光ファイバー、そして携帯、WIFIにいたるまで、情報の通り道は、さまざまに進化してきました。
その進化と並行して、情報を送受する道具やソフトもさまざまに変化しています。映像と音声を双方向でやりとりする方法も、CU-SeeMEやNet Meetingなどと戯れておりました。やがてブログとかも書きつつ、並行して趣味の音楽もとりこんで番組配信できるPodcastも早くから取り組んでいました。やがてライブ配信できる手段として見つけたのが、スティッカムというサイトでした。今思うに、どのような手段であっても、コンテンツを継続的配信することのむずかしさとともに、だれかに思いが少しでも伝わるという達成感も半端なものではないということを実際に経験してきました。なので私が最近、チェックを欠かさない番組を送り続けていらっしゃることが、ほんとうにすごいことだと思えるのです。
さて、今日のお題から少し離れちゃいましたが、実は、今あれだけ褒めちぎった番組の中で紹介されていたあるWEBによる試みについて、思うことがありましたので、まずはそれを教えてくださった番組そのものについてもお話すべきととして、ふれた次第です。
紹介されていたのは、Japan Changer というWEBサイトのフォームから全国会議員の事務所にFAXで意見を送れるサービスです。ここではリンクはつけませんので、興味があればご自分で検索なさってください。7月23日に発表されたばかりのサービスです。開発されたのは、村上福之さんというWEBサービスやアプリを開発やブロガーとして知られた方らしいです。「すまたぶ」でも紹介されたという安心感もあって、第一印象としては、とても素晴らしい発想だな、とおもわったわけです。
通常の電波放送は別として、ある一定のグループに「同時通報」として同じ情報を一斉に配信する際に、国会議員に対して公開されている手段がファックスだということだそうです(村上さん談)ただ、天邪鬼の私は、その意味がいまひとつピンと来ないのです。今の時代、ほんとうにそうなのか?
匿名性という点では差異があるTwitterとFacebookですけれども、これらを筆頭にさまざまなタイムライン上に行きかう意見から、ちゃんとした「市井の民」の声を広いあげていくことも、政治にかかわる方々が最もないがしろにしてはいけないことです。ファックスを通じてでなければ、われわれの声を届けるすべがないかのような、物言いをして、このWEBサービスの利点をアピールしているというところが、ちょっと納得いきません。
もっといえば、これは、有料サービスです。もちろんインターネット上で入力した情報をファックスに転換して、情報配信するという手法そのものが、簡単なようで意外と手間やコストがかかるのは承知しています。ちなみに私もかつて、20世紀末くらいに、自称 Fax@weBなるサービスをサイト上で公開していた経験があるからです。当時はNTTさんのテガルスというメールtoFaxサービスと契約を交わし、自社のWEBメールサービスのテンプレートをテガルスさん向けにカスタマイズして、お客様にはご自身で通信量をお支払いただくために、NTTと契約をかわしていただき、情報を送るさいのインターフェースとしてのWEBページ公開の手数料を頂戴するという、、、(嗚呼ややこしい)モデルで試験的にサービスをおこなっていましたので、その手間や煩雑さは身に染みています。ですので、村上氏が提示している、このサービスの利用料金がそれなりの金額である理由もよくわかります。
ただし、それを理解したうえで、あえて疑問に思うのは、ではもっとも安い、4800円で自分の意見を誰という限定でなく、ファックスで一斉に国会議員先生の事務所に送り付けるのは、ほんとうに己の意見表明の手段として、それが最善な方法なのか? ということです。
村上さんはそのブログの中でこのように語っていらっしゃいます。
「大量送信に対して法的に規制がないのもFAXです」
村上さんいわく、「頭のいい人にはわかるように、ファックススパムにはならない」
とおっしゃるのですが、果たして本当に、そのような、アプローチが政治家に対して、己の意見を伝えるための最善の方法なのでしょうか? 私は頭が悪くはありませんが、このように法の網をくぐっているから、
「行為的にはスパムと同じような方法だと知りつつ、規制がかからないから、罪にならないからやったっていいだろうが・・・そんなことも頭が悪いやつはわからんのだ」的な村上さんのコミュニケーションの佇まいには、申し訳ないけれども、共感することはできません。あえて付け加えますと、村上さんがそのブログでこのようにおっしゃってます。
「・・・夕方に国会前でデモをしても国会議員はすでに帰っているわけでどうなんだと思うわけです。自民党以外に政権運営できる政党もないので選挙に選択肢もないです。日本は議員内閣制であり、国会議員が立法と行政をになっているので、政治に文句がある人は国会議員全員に直接ブロードキャストすればいいんじゃないかというネット的発想です。ブログで文句言っても意味ないしねぇ」
せっかく、今の自分が非常に安心してそのコンテンツを見ている、「スマタブ」で紹介なさっていたものなのですが、そして、これを紹介なさったことそのものには、何も批判はありませんが、肝心の、このWEBサービスを考案されたブロガーと自称されるご本人が、言葉にしておっしゃることそのものが、自己矛盾を起こしていることをどうしても納得ができないのです。ブログで何かを言っても世の中が動かない、ということを言いつつ、この村上氏はブログでネパール地震の被害者への義援金を募集し、大使館に直接届けましたと公開しています。その行為を否定はしませんが、ならばなぜ、一方でブログで文句言っても変わらないというような「捨て鉢なこと」を悪ぶってつぶやくのか? 
いかに、ファックスに法規制がなくとも、いきなり相手の扉を蹴破って届けるようなインバウンドならば、コミュニケーションとして最悪だと思います。ましてや今のご時世だと、平和な国家にしましょうよ的な意見を、そんな乱暴な方法で国会議員に届けても、それはどうなの?みたいなことにもなりかねません。
私は、このご時世であえて申し上げますが、今の安倍政権の支持者であります。ちゃんと選挙という行為を通じてしかるべき議員を選びました。だからと言って、日本が戦争できる国になるということを期待しているなどということは微塵もありません。むしろ、この安保法制に改訂が、すこしでも自国の安全保障をより確実な方向に向けられると信じています。違憲論については、確かに無視できませんが、では、これまで災害派遣でさんざん貢献してもらった自衛隊のことも違憲の名のもとに否定をしますかという問い返しをしても、みんなそこは適当に無視をして、質問にこたえず、安倍みたいな大馬鹿ものを支持するお前なんて、軍国主義者みたいなもんだ的に、食ってかかってこようとする輩までおります。でも、こんな安保法制が立法された程度で、わーい戦争ができるぞ、世界中に攻め込んでいけるぞと考えるほど、この国は大馬鹿者の集団なのですかと言い返したい。資源も食料もろくに自己調達できないような国力で、借金をかかえて外国に攻め入って、自分のくらしをよくするなんてことができるわけないじゃないですか? むしろ、こんな法律があったって、戦争行為には徹底的に糾弾するという覚悟すらないのですか、とい返したいです。法律できまったから、戦争を起こせる国になってしまう、、そういう短絡的なバカのほうが私からすればよっぽど怖いです。
それよりも選挙を通じて、少しでも各政党に変化を促すというのが、今のこの国の最善の方法なのです。憲法を重んじるならば、この政党政治をはなっからあきらめることはあり得ません。直接選挙でその国のトップを選ばなければ、国民の本当の民意が伝わらない、といいたいのであれば、真っ先に憲法を改定しなければならないではないですか? 国の方向をきめるべき前回の総選挙のときに投票行動を起こした私たちの民意を、今は重んじていただかなければならないのです。私は、これまで、一度たりとも選挙を棄権したこともありません。そして、いつも自民党を支持しているということでもありません。民主党が政権交代を果たしたときに、結果的には片棒をかつぐ投票をしたことも、いまではほんとうに悔しい思い出です。村上さんのいうように、じゃ、自民党以外に選ぶとこあるのか?と聞かれても、確かに答えには詰まります。でも、選挙という行為をあきらめてはいません。悩んでも、選ぶ対象にこまっても、かならずその時に最善と思うものを選択します。リスクも承知の上です。
そのリスクもおわず、選挙にも参加せず、あるいは選挙なんかやっても無駄だと触れ回る、そういう「いっぱしの大人としては最低な」人たちには、申し訳ないけれども、民主政治を語ってほしくないと思っています。いろいろな考え方があるでしょう。右寄りも左寄りも、そのどちらであっても弾圧されてはならないし、相手を殺傷してもならないのです。自分と違う意見をおたがいに認めあったうえで、合法的にその採決をとることこそが、民主政治と思っています。政権を支持する、支持しないという世論調査は民意とは言えません。あなたはその世論調査に一回でも答えたことがありますか?まさに今必要なときに、あなたの意見を言いましたか?そして相手に伝えようとする努力をしましたか?
そういう点において、しつこくて申し訳ないのですが、村上氏が考案されたこのWEBサービスについては、個人の意見としては、お勧めすることはできません。あとはご自身の判断でお決めください。

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